【あくまでクジャクの話です】4巻感想 恋愛・女装・年齢差を生物学で考える

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こんにちは、くろしろです。

今回は『あくまでクジャクの話です。』4巻について紹介します。

3巻では阿加埜九音の家庭事情が描かれ、久慈先生との関係も大きく動きました。

そして4巻。

九音はもう止まりません。

自分の気持ちを伝えたことで、久慈先生へのアプローチはさらに積極的になっていきます。

しかし、久慈先生は教師。

九音がどれだけ攻めても、そう簡単にはうまくいきません。

そこで九音が目をつけたのが、少女漫画を描いているクラスメイトの多古溝さんでした。

さらに4巻では、

  • タコの観察学習
  • エリマキシギ
  • オスとメスのグラデーション
  • 生物に見られる多様な性
  • 年齢差のある恋愛

など、今回も生物の話を人間関係へ強引につなげていきます。

ただ、個人的には4巻は笑えるだけではありませんでした。

「男らしい・女らしいって何だろう?」

という部分まで踏み込んでおり、かなり良い話があります。

※ここから4巻の内容に触れます。重大な部分はできるだけ伏せています。

4巻では九音の久慈先生へのアプローチが加速

3巻を経て、九音は久慈先生への好意を隠さなくなります。

当然、積極的にアプローチ。

しかし久慈先生には、

教師と生徒が恋愛するわけにはいかないという大きな壁があります。

ここは久慈先生の人柄が現れています。常識人です。

普通ならここで諦めるところですが、九音は違います。

「だったら、その考え方を変えればいい」という方向へ進みます。

相変わらず顔だけじゃなく発想が強い。

九音が少女漫画家・多古溝さんに接近

そこで登場するのが、九音のクラスメイトで少女漫画を描いている多古溝さん

眼鏡をかけた、少しもっさりした雰囲気の女の子です。

九音は多古溝さんに、

「ボーイッシュな女子生徒と教師の恋愛漫画を描いて、学校で配ればいい」

という、とんでもない方向から久慈先生を攻略しようとします。

教師と生徒の恋愛を題材にした漫画が学校に広まれば、久慈先生の価値観にも何か変化が起こるかもしれない。

そんな理屈です。

遠回りなのか近道なのか分かりません。

ただ、目的のためなら周囲まで巻き込んでいくのは九音らしいですね。

ここのやりとりも一方的な阿加埜の暴走ですがやりとりが笑えました。

タコにも「観察学習」がある?

多古溝さんとの話では、タコについても紹介されます。

ここで出てくるのが観察学習

ほかの個体の行動を観察することで、自分の行動に変化が起こるという話です。

人間なら珍しくありませんが、それをタコの行動と絡めて紹介していきます。

少女漫画を使って久慈先生に恋愛を「学習」させようとしている九音。

そこへタコの話を持ってくるあたり、本作らしい展開です。

やっぱりこの作品を作っている作者様は天才だと思います。

実は久慈先生も多古溝さんを必要としていた

しかし、多古溝さんに接近したいのは九音だけではありませんでした。

久慈先生にも彼女の力を借りたい理由があります。

それが、不登校になっている仄穂君です。

久慈先生は教師として何度も会いに行き、仄穂君にもう一度学校へ来てもらいたい。

そのために多古溝さんの存在が重要になってきます。

九音は恋愛のため。

久慈先生は生徒のため。

まったく違う目的で二人が同じ人物を必要としているのが面白いところです。

多古溝さんと仄穂君の関係が久慈先生と九音にも重なる

多古溝さんと仄穂君は昔からお互いを知っています。

そんな二人の関係にも恋愛の問題が出てきます。

多古溝さんには、

昔から知っている相手だからこそ、異性として意識しにくい

という考えがあります。

そして、この話を聞いて気になるのが久慈先生と九音。

二人にも幼い頃に接点があります。

そのため多古溝さんたちの関係が、久慈先生と九音の関係にも重なって見えてきます。

九音としては当然、聞き流せる話ではありません。

「なんだとっ、、、、」

仄穂君が学校へ来られなくなった理由

そして、ついに久慈先生たちは仄穂君と対面します。

そこで明らかになるのが、彼が抱えていた悩みです。

仄穂君には女装が好きという一面がありました。

長い髪と整った顔立ちもあり、女装がよく似合います。

しかし、それを周囲の生徒に知られてしまったことで追い詰められていました。

ここから4巻で個人的に一番印象に残った生物の話につながります。

「オスらしさ」「メスらしさ」はそんなに単純なのか?

仄穂君の悩みに対して九音が持ち出すのが、生物におけるオスとメスの話です。

そこで登場する生物の一つがエリマキシギ

すべてのオスが同じ外見や行動をするわけではなく、異なるタイプのオスが存在し、それぞれ違った繁殖戦略を取ります。

つまり、

「オスならこう行動する」

と一つの型にはめられない。

さらに九音は、生物の世界に存在する多様な性のあり方にも話を広げていきます。

人間だけを見て、

「男なら男らしく」

「女なら女らしく」

と決めつける必要があるのか。

生物全体を見れば、そんなに単純ではない。

九音は生物の知識を使って、仄穂君の悩みに答えます。

作者の素晴らしい発想は「グラデーション」という言葉を使っているとこです。なんだか非常に納得する描き方をしていると感じました。

私はお金は使うときは使いますが基本は倹約派です。しかし、この作品に出合った時は「クーポンは?」「セールは?」「残ポイントは?」みたいな感じで一瞬考えてまとめて一気に買いました。

久慈先生自身も「男らしさ」で傷ついた経験がある

そして、この話は久慈先生にもつながります。

久慈先生自身、過去に「男らしくない」といった理由で恋愛がうまくいかなかった経験があります。

だからこそ、仄穂君に対する九音の話を聞いて、

これは良い話だと感じます。

九音は普段、生物の繁殖や恋愛を持ち出して久慈先生を困らせています。

しかし今回は、その知識が誰かを救う方向に使われます。

個人的には4巻の中でもかなり好きな場面でした。

これで終わらないのが『あくまでクジャクの話です。』

良い話で4巻が終わる……

わけではありません。

終盤では、1巻にも登場した三月が再び物語に関わってきます。

以前は夜の街で遊び歩いていた三月ですが、九音と久慈先生との一件を経て、以前とは少し変わっています。

そんな三月のところへ、銀辺という女子から恋愛相談が持ち込まれます。

相手はかなり年上の男性。

そこで三月は、かなり真っ当なアドバイスをします。

特別好きなわけでもないなら、わざわざ大きく年齢の離れた相手を選ばなくてもいいのでは?

確かに普通の意見です。

しかし。

この話を聞いてはいけない人物が、近くで聞いていました。

阿加埜九音です。

九音にとって「年齢差恋愛」は他人事ではない

九音と久慈先生には8歳の年齢差があります。

つまり三月の発言は、九音にとって聞き捨てならない。

当然、乗り込みます。

そして九音は、

年齢差のある恋愛にも合理性がある

と反論。

ここから再び生物学を使った九音の猛攻が始まります。

ところが――。

その答えは4巻では最後まで描かれません。

まさかのところで5巻へ続きます。

4巻を読んだ感想|生物ネタが人の悩みに使われるのが良かった

4巻は、九音と久慈先生の恋愛だけを見ると、相変わらず九音が暴走しています。

少女漫画を使って久慈先生の価値観を変えようとするなど、やっていることはかなり強引です。

しかし仄穂君の話になると印象が変わります。

女装が好き。

男らしくない。

周囲と違う。

こうした悩みに対して、

「生物を見れば、そもそもオスとメスはそんなに単純じゃない」

という方向から答えるのが面白かったです。

これまで九音が使ってきた生物学は、恋愛を語ったり久慈先生を追い詰めたりするための武器という印象もありました。

4巻ではそれが、誰かの悩みを軽くする知識として使われています。

そして最後には、再び九音自身の恋愛問題へ。

男らしさ・女らしさ。

幼なじみは恋愛対象になるのか。

教師と生徒。

8歳という年齢差。

4巻はいろいろな「恋愛や性別の壁」を、生物の視点から考える巻でした。

そして最後に年齢差恋愛という、九音にとって避けて通れないテーマを持ってくる。

これは5巻も読むしかありません。

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