【あくまでクジャクの話です】6巻の感想・あらすじ 阿加埜九音の過去と母親の核心へ

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こんにちは、くろしろです。

『あくまでクジャクの話です。』6巻では、これまで謎の多かった阿加埜九音の家庭事情が大きく動きます。

九音の父親から両親についての事情が語られ、ついに母親の核心へ近づいていくことになります。

さらに、九音が生物学に興味を持った意外なきっかけも判明しました。

なぜ九音は、生物の生存戦略を人間関係へ当てはめるようになったのか。

6巻は恋愛や学校内の問題だけでなく、阿加埜九音という人物の考え方が作られた原点を知るうえで重要な巻でした。

この記事では、母親に関する決定的な事実や各問題の結末には触れず、6巻で扱われた生物学と感想を中心に紹介します。

この記事の内容

  • 阿加埜九音の父親から語られた過去
  • 九音が生物学に興味を持ったきっかけ
  • 軍城先生と九音の対立
  • 群選択とレミングの集団自殺
  • ハンディキャップ理論とトキソプラズマ

※6巻の内容に触れていますが、物語の核心や結末に関するネタバレは控えています。

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結論 6巻は阿加埜九音の原点が分かる重要巻

6巻の見どころは、阿加埜九音が生物学に興味を持った理由と、その考え方が現在の行動へどうつながっているのかが描かれたことです。

九音は、生物学を単なる知識として楽しんでいるわけではありません。

生き残るためには賢く行動し、周囲の状況まで利用しなければならない。

反対に、何も考えずに危険を冒した者は淘汰される。

こうした九音の厳しい価値観には、両親の離婚と、その後に経験した出来事が深く関係していました。

久慈先生への感情が強くなるほど行動も過激になっていますが、6巻を読むと九音がここまで極端な考え方をする理由が少し見えてきます。

阿加埜九音の父親が語る母親との過去

6巻では、阿加埜九音の父親から、これまで明かされていなかった家庭の事情を聞くことになります。

ここで焦点となるのが、九音の母親です。

両親はなぜ離婚したのか。

九音が母親に対して抱いている感情は、どこから生まれたのか。

これまで断片的に描かれていた情報がつながり始め、母親に関する物語は核心へ近づいていきます。

ただし、事情を知ったからといって、母親を単純な善人や悪人として判断できるわけではありません。

家族それぞれの立場が見えてくることで、九音の言動もこれまでとは少し違って見えました。

この部分は6巻の大きな見どころなので、詳しい内容は実際に読んで確認してほしいです。

阿加埜九音が生物学に興味を持ったきっかけ

阿加埜九音が生物学に興味を持ったきっかけは、両親の離婚でした。

離婚をきっかけに家出を考えた九音は、ホームレスとして暮らすには何が必要なのかを知ろうとします。

そこで、実際にホームレスの男性へ話を聞きに行きました。

普通なら寝床や食料、寒さを防ぐ方法などを教えられそうですが、その男性が九音へ話したのは生物学です。

このとき登場したのが、ヒタキの子育てと「つがい外父性」に関する話でした。

ヒタキの子どもの5羽に1羽は父親が違う?

作中では、ヒタキから生まれる子どもの約5羽に1羽が、つがいとなった雄とは別の雄の子どもだと語られます。

鳥は一夫一妻のつがいを作る種類が多いものの、遺伝子を調べると、つがい以外の雄との間に生まれた子が含まれている場合があります。

この現象は「つがい外父性」と呼ばれています。

ただし、5羽に1羽という割合がすべてのヒタキに共通するわけではありません。

マダラヒタキの研究では、つがい以外の雄との間に生まれた雛が約20%だった例がありますが、別の調査では11%や17%という結果も出ています。

生息地や個体群、周囲にいる雄の数などによって割合が変化するため、正確には「研究によっては約5羽に1羽」と考えるのがよさそうです。

九音がこの話から受け取ったのは、生き物は表面的な決まりに従うだけでなく、少しでも多く自分の遺伝子を残そうとしているという厳しい現実でした。

「賢く遺伝子を残す者が生き残り、間抜けな者は淘汰される」

かなり極端な受け取り方ですが、後の九音の行動原理につながる重要な場面です。

軍城先生を排除しようとする阿加埜九音

保健室の軍城先生は、久慈先生と阿加埜九音の距離が近すぎることを問題視します。

そして久慈先生に対し、九音と必要以上に親しくするのをやめるよう注意しました。

当然、九音にとって軍城先生は面白くない存在です。

九音は軍城先生を排除する方法を考えますが、教師を相手に直接問題を起こすわけにはいきません。

そんなとき、照井という生徒が、人気のある生徒と付き合ったことをきっかけに嫌がらせを受けていると相談してきます。

さらに、その問題に保健委員が関係していると知った九音は、軍城先生の影響力を失わせる方法を思いつきました。

一見すると無関係に見える生徒同士の問題を、自分の目的へつなげてしまうのが九音らしいところです。

具体的に何をしたのかは伏せますが、九音は力(物理学)で相手を倒すのではなく、集団の評価と人間関係(生物学を活用)を利用します。こういう表現で面白さにするのが作者の凄さですね。

群選択から考える「真面目なだけでは報われない」

軍城先生と照井をめぐる問題で登場するのが「群選択」です。

群選択とは、自然選択を個体だけでなく、集団という単位からも考える理論です。

協力し合える集団と、個体が自分の利益だけを優先する集団があった場合、集団同士の競争では協力できる集団が有利になることがあります。

ただし、群選択は「群れて行動する生物なら必ず繁栄する」という意味ではありません。

現在は、遺伝子・個体・集団など複数の階層で選択が働く「多階層選択」という考え方で説明されることもあります。

作中の九音は、この理論を学校という集団へ当てはめました。

規則を守り、真面目に行動しているだけでは、人は必ずしもついてこない。

集団の中で支持を得られなければ、どれほど正しいことを言っても影響力を失ってしまう。

九音の「真面目なだけでは報われない」という言葉は厳しいですが、学校や社会でも完全には否定できない内容でした。

その一方で、生物の進化をそのまま人間社会へ当てはめ、相手を追い詰める道具にしてしまう危うさも感じます。

この作品は自分の人生で培った事に当てはめても「あぁ~確かに」って思わせる所が良いですね。何度も何度も確かに!てなります。

レミングは集団自殺しない

九音が群選択について話した後、三月は「レミングの集団自殺はどう説明するのか」と問いかけます。

群れのために個体が行動するなら、大量のレミングが崖や海へ飛び込む行動はどのように説明するのかという反論です。

しかし、九音はレミングが集団自殺するという話自体を否定します。

実際に、レミングが集団で自殺するという科学的な根拠はありません。

レミングは個体数が増えると、新しい生息地を求めて一斉に移動することがあります。

その途中で川や湖を渡ろうとして溺れたり、崖から転落したりすることはありますが、死ぬことを目的としているわけではありません。

生きる場所を求めて取った行動が、人間からは集団自殺のように見えているだけです。

ここでは九音の説明が三月の反論を上回っており、生物学への知識の深さを見せる場面になっていました。

修学旅行で登場するハンディキャップ理論

場面は変わり、修学旅行では久慈先生が引率教員として夜間の見回りを担当します。

夜中に部屋を抜け出す生徒を取り締まるため、久慈先生は睡眠不足になっていました。

そんな久慈先生を見た九音は、悪ぶって迷惑をかける男子生徒に強い怒りを抱きます。

ここで九音が持ち出したのが「ハンディキャップ理論」です。

危険な行動は能力の証明になるのか

カエルの大きな鳴き声やクモの目立つ求愛行動は、雌へ自分の存在を伝えられる一方で、捕食者に見つかる危険も高めます。

それでも目立つ行動を続けられることが、体力や周囲へ適応する能力の高さを示す正直なシグナルになるという考え方です。

ただし、危険なことをすれば、それだけで優秀だと証明できるわけではありません。

重要なのは、その行動をしても生き残れるだけの能力や状態があることです。

九音の言うとおり、裏付けとなる実力がないまま危険を冒す行為は、能力の証明ではなく単なる無謀です。

なお、元来のハンディキャップ原理には現在も議論があります。

「不利な特徴だからこそ進化した」と単純に考えるのではなく、能力の高い個体ほどコストを負担しやすく、結果としてシグナルに信頼性が生まれると考えた方が分かりやすいです。

トキソプラズマはネズミの警戒心を弱める

危険を正しく判断できなくなる例として、トキソプラズマの話も登場します。

トキソプラズマは猫を終宿主とする寄生性の原虫です。

ネズミなどのげっ歯類が感染すると、本来は避けるはずの猫のにおいに対する警戒が弱まり、避けなくなったり、引きつけられたりする場合があります。

感染したネズミが猫に捕食されれば、トキソプラズマは終宿主である猫へ移動できます。

そのため、寄生生物による宿主操作の代表例として紹介されています。

ただし、トキソプラズマが意思を持って「猫に食べられるようネズミを操っている」わけではありません。

感染によって生じる行動の変化が、結果として寄生生物の繁殖に有利に働いていると考えられています。

九音はこの話を使い、根拠もなく危険な行動を取る人間を皮肉っていました。

6巻を読んだ感想

6巻は、阿加埜九音が生物学に詳しい理由が初めて過去と結びついた重要な巻でした。

これまでも九音は生物の生態を使って恋愛や人間関係を説明してきましたが、それは単なる趣味ではありません。

両親の離婚を経験し、自分が生き残るための答えを探していた九音にとって、生物学は世界を理解するための武器だったのだと思います。

一方で、その知識を軍城先生の求心力を失わせるために利用するなど、久慈先生が関わると九音の行動はかなり過激です。

理屈として正しい部分があるからこそ、九音の危うさがより際立っていました。

また、九音の生物学へすぐに反論できる三月の存在も面白いです。

今回はレミングの知識で九音に上回られましたが、九音の理屈をそのまま受け入れず、疑問を投げかけられる貴重な人物になっています。

そして最大の注目点は、やはり九音の母親です。

父親から事情を聞いたことで、これまで見えていなかった家族の姿が少しずつ分かってきました。

母親に関する核心が、九音の久慈先生への感情や今後の行動にどのような影響を与えるのか気になります。

総評|生物学が阿加埜九音の過去とつながる

『あくまでクジャクの話です。』6巻は、阿加埜九音という人物を理解するために欠かせない内容でした。

ヒタキのつがい外父性、群選択、レミング、ハンディキャップ理論、トキソプラズマと、今回も幅広い生物学が登場します。

どの話も単なる雑学で終わらず、九音の価値観や学校内の人間関係へつながっている点が、この作品らしい面白さです。

特に印象に残ったのは、九音の「真面目なだけでは報われない」という考え方でした。

これは本当に「日本での義務教育を得て感じます」真面目は重要だけど生産性に直結するわけでもなく、真面目だけでは精神が壊れるし、真面目だけを突き詰めるのは良くないと思いました。

正しいだけでは集団を動かせないという現実的な視点と、他人を排除するために集団を利用する危うさが同時に描かれています。

恋愛漫画として楽しめるだけでなく、生物学を通して人間の行動まで考えさせられる6巻でした。

阿加埜九音の過去や母親との関係が気になっていた方には、特におすすめしたい一冊です。

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